私も冷笑している
のですが読んだら多分専門の方だったので私よりも冷笑のステージが高いのだと思う。素人が言及してよいものか。
とくに「アンチ言語化」への抵抗の意志が私にはまぶしい。私のブログなんて言語化を諦観するところから始まっているからね。
ともかくこういう「感性文章」をTwitterに流す人間は冷笑されて当然だと思う。最も致命的な問題は、月並みだがTwitterが普通に下水道であることを知らない事、Twitterに流したくせに思いどおりに読まれないことで真面目におセンチになりはじめることだと思う。私はこれが本当に理解できない。
関係ないが、下水道に流れてるもので一番汚いものはなんだと思う?それはウンコでもゲロでもない。血液だ。私たちが日夜経血を下水道に流していることを男人はおそらく気にせず生きてるし、女人も「そう言われればそうだな」くらいにしか意識していないだろう
鼻血も経血もなんか一般可燃ごみとして捨てられることになっているが、普通に感染性廃棄物なんじゃないのこれ?社会は「よしなに」で回っているんだよなといつも思っている
くれぐれも、洪水の水には入っちゃいけないよ
ともかく、感性さんの一人として私はなんかいいと思った文章をTwitterに流すのは純粋に勿体無いと思っている。
であればどうするか?それは普通に作品として残すことではないのか。伏せったーとかプライベッターに上げるオタクのひとくちSSでもいいんだから。小説の中では、なんと自分が人生で感じたエモをそのまま描いても「ただの想像」との区別がつけられないし、読み手はときにこちらが想定した以上にエモになってくれる。自由な感性空間である。もちろん読み手には邪推の余地があり、それもすばらしい。思いたい人だけが思う、奥ゆかしいコミュニケーションとなる。
こんなことをソリューションみたいに話すのは俗っぽいかな。しかし、本心である。エモはちゃんとエモとして輝ける場所で発揮してやってほしいと思う。
関係ない話に移ります
最近読んだいい文章
丁寧で迫力ある名文。人間讃歌、肉体讃歌と感じる。こういうものを読みたいと常々思っている。(感性ツイート)
これはAIになんかいい感じの言い換えを探させてた時に全然いいのが出てこないのでキレながら高速フリックしていたら、なんか普通にエモい事を言ってしまった時の画像

結局初めの案から変えずに行きました。








