Twitterにやられた人間に絶望し一度はボイコットの準備を始めた私ですが、最近は別の道もあるんじゃないかと思えてきてはいますね。
過程として下の記事のようなことを書いています。
要するに、人間の「考えてした行動」ではなく「バレてないと思ってること」を抜き取って利用するシステムこそが、インターネットの空気を変えはじめていて、今までにない妙な感じを生んでいるのではないか?ということ。
ので、自分の意志をもって発信する分には躊躇する必要はない、むしろそういう事にこそ積極的になるべきなんじゃないか?という感じ。
最近のTwitter、とりわけ人気のツイートのリプライツリーなんかを見ていると
人間がやり取りしてるというより
「一人の人間の頭の中で、小人が話し合っている」ように見えるんです。
そしてそれは
「お前それって、頭の中ではそりゃ考えるけど、言わないだろ」
っていうような内容をみんながどんどん書き込むようになっているから。
私はこれを促進してるのがインターネットの「バレてないと思ってること抜き出し機能」なんじゃないかと考えているんですね。
「バレてないと思ってること」とは、平たく言うとPV数や動画の再生数。
実際はデータを取られていることは常識になりつつあるけど、直感的には「見る」だけっていうのは本来人に知られないことのはずだった。それにやってることは個人的な空間で本を読むのと同じなのだから、やらないということには無理がある。
「いいね」も不可視ではないことは皆知ってるけど、何だかんだで受動的な反応だという意識が強くて、それをTwitterが積極的に他人に拡散しているという危機感はあまりないから似たようなものじゃないかな。無意識下ではないがプライバシー意識のある領域で、受動的反応から受動的反応へとパスされていっているわけです。
私はというと、いいね欄は公開情報だからとわざわざ読みものとしてのバランスを考えて集めたりしてますが、そんな事して楽しいのは変態のツイ廃だけですよね。大体のユーザーは(そうでもないのに)プライベートエリアだと思ってる。
それをAIが盗み見て、公開して、人間の目に日常的に触れさせることで
人間の「考えてること」と「言うこと」の境界はどんどん融解している…みたいなね。
私はまだ警戒しているけど、この先これがどんどん普通になっていくっていうのもありますよね。
そうなったらいずれ「馴染む」のもありですかね。
それに私は人間のことが結構好きなので、これが後々まずい事を引き起こしたとしても
Twitterを使う人間や作ってる人間には、実際罪はない
ただ強いていうなら、このAIをよかれと思って放置してる技術者は何やってるんだかって思うかもしれない
まぁ、私が技術者でもどのみち「変えます!」って上司に言う勇気ないけどね。
だからRTする前に警告を出すみたいな気休めを実装したりして「やった感」を出しているんでしょう。
ユーザーがそれを見て「RTしない選択」とかしてもイイネすれば勝手に拡散するくせして!何がしたいんだホント。
ちなみに実際私のいいねタブの事をマガジンか何かと勘違いしてる友人がいて暇つぶしに読みにきてた。
私が下らなくもKawaiiなオタクのネタツイと社会系ツイートとか役に立ちそうな情報の配分を考えてイイネしてるのは滑稽です。好きでやってるからいいけど。
今はイイネもあまりしなくなったので読み甲斐もないかもしれないですが、上記のようなこと(自分の意志でならやった方がいい)を踏まえるとこういうのも再開してもいいかもしれない。でもどうかな。
この変なAIが動いてるシステムを積極的に使い続けるとどうなるか、分からないことには変わりないので。
当分はマシそうな選択肢を探すと思います。